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2012年2月20日OA
2012年2月13日OA
2012年2月6日OA
2012年1月30日OA
2012年1月23日OA
2012年1月16日OA
2012年1月9日OA
2011年10月〜12月
2011年7月〜9月
2011年4月〜6月
2012.2.20 on air 〜Message for 福島 from吉原 〜吉原からココロの支援を
4th吉原イスト・イナバです。
昨年3/11に起きた、東日本を襲った未曾有の規模の震災「東日本大震災」から間もなく一年を迎えようとしています。
しかしながら、福島県などの一部地域は原発事故の影響で未だに帰宅出来ず、避難生活を送っている方々も多くいらっしゃいます。
今回は、「Message for 福島 from吉原 」と題しまして、福島県はじめ被災された方々に対し、微力ながらも力になれたら…そういった、「吉原発」の取り組みを紹介していきたいと思います。
さて皆さん、「ドッヂビー」という競技をご存知でしょうか?
これは簡単に言うと、フライングディスクを使ったドッヂボールのようなもので、日本協会もあるれっきとした競技なのです。
ディスクは柔らかい素材で安全なものを使っているので、子供から大人までどんな方でも気軽に楽しめます。
2/18(土)には勤労者体育センターで大会が開催されました。
↑ドッヂビーのディスク。柔らかい素材でできているので、当たっても痛くありません。
吉原にも「吉原キッズ」というドッヂビーのチームがありまして、不定期の月曜日19:00〜21:00、吉原小学校の体育館で練習をしています。メンバーは小学生を中心に総勢15名程。イナバ家の娘2人も入っています。
先述の大会では3位入賞!コーチは焼き肉をおごらされるそうです(笑)
コチラのコーチ、幸町で「スマイルロックヘアー」という床屋さんをやっていらっしゃる長峰さんは、賛同してくれる有志の方々とともに福島・宮城の被災地に赴き、
「HAPPY DISC PROJECT for FUKUSHIMA 」
という、被災地の子供達にドッヂビーのディスクを届ける取り組みをしていらっしゃいます。放射線等の影響で外で自由に遊べないこども達が、屋内でできるスポーツなら外で遊べないストレスを軽減できるのではないかと思い、ドッチビーを提案されました。
これまでにこの活動を知って下さった方々からの寄付や募金で280枚余のディスクを被災地に届ける事が出来たそうです。
被災地の子供達に届けられたディスク
3/26には、ドッヂビーを通じてバラバラに避難生活を送っている方々が再会出来るような場を作りたいと、宮城県亘理町で大会を開催するとのこと。
この取り組みの模様は中央図書館にて「福島のちいさな花」展と題して2/23まで紹介しております。
(写真提供;スマイルロックヘアー/HAPPY DISC PROJECT for FUKUSHIMA )
ドッヂビーに参加してみたい!という方は、練習日に直接吉小体育館にいらっしゃるかスマイルロックヘアー(0545-57-1569)までご連絡を!
そしてもうひとつ、被災地に向けた取り組みをご紹介します。
私イナバも参加しております、岳南鉄道の利用促進への取り組みを展開する有志の市民団体「岳鉄イカシ隊」と岳南鉄道は、岳南鉄道8000系の車輛(緑色の2両編成の車輛)に、福島第一原発から半径20km以内の避難地域にあり、全国で避難生活を送っている福島県富岡町の児童・生徒さんの「今の思い」を掲示し、2/23(富士山の日)〜2/26まで「がんばろうふくしま!」号を走らせます。
↑岳南鉄道8000系
2/25(土)には、イベントやメッセージを通じて、不安な気持ちの中ふるさとを離れざるを得なかった方々たちと少しでも心の交流や、つながりあっている事を再認識出来たらという思いのもと、特別列車「がんばろうふくしま!」号が14:16、吉原駅を出発します。
当日車内ではメッセージの紹介や生演奏による音楽イベント、また吉原駅では福島県内や富士の地場産品の販売、岳南江尾駅ではそばの試食、販売等を予定しております。
チケットは事前購入制となっておりまして、大人1000円・小学生500円。定員は90名(先着順)
チケットの購入先はまちの駅「ほんちょうえき岳鉄プラザ」岳鉄吉原本町駅、まちの駅「吉原宿 東木戸のくすりやさん」松栄堂薬局さん、または「岳鉄イカシ隊事務局(AD.ism)」38-0088でお求めになれます。
また、岳鉄イカシ隊では随時会員の募集も行っております。詳しくは事務局までご連絡下さい。
被災地に対して、金銭的な支援も勿論大事ですが、今回紹介したような「ココロ」の支援というのも非常に大切なものであると感じます。
僅かな力でも良いんです。小さな事でも良いんです。
ここ吉原から、今出来る事を発信しましょう。そしてそれが、不安な気持ちでいる方々に少しでも力になってくれれば、と僕は思います。
2012.2.13 on air あなたも一緒に吉原弁講座その3
1st吉原イスト遠藤です。
吉原弁講座もまさかの3回目、そして最終回です。
>>前回はこちら
今回も、出典は東海道表富士さんで販売中(現在は品切れ)の『吉原ことば手ぬぐい』(制作/雪月花さん)、使用例は吉原で仕事して50数年!!の私の父です。
ラジオの前の皆さんもリピートアフターミー!!
17.「わあ〜ww毘沙門さんみたいww」
これは、オンエア直前にスタッフWさんが「吉原でしか分からない表現だと気がついた」って教えてれたので急遽冒頭にもってきました。
旧暦正月に元吉原で行われる毘沙門さんのお祭りは、露天商がぎっしりと軒を連ね、大勢の参詣者でにぎわいます。
よって、吉原っ子は人であふれかえる道を「毘沙門さんみたいに混んでた」と言うのです。
渋谷センター街とか、ディズニーランドとか、どこであろうと人がいっぱいいると「毘沙門さんみたい〜」って思うのです!!
18.「ひずるしくて前が見えにゃあわ〜」
ひずるしい=まぶしい 「まぶしくて前が見えないよ」
集合写真で目をつむってしまってる人に→「この人ひどろしいんだね」など、『ひどろしい』とも言いますね。
19.「ぼっこだなあ」
ぼっこ=ぽんこつ 「ぽんこつですね」
20.「風呂入れる前にぼっちょしとけよ!」
ぼっちょ=栓(せん抜きのせん) 「お風呂に水を入れる前に栓をしておいて下さい」
〜っちょは吉原ことばとしてはよく登場しますね。私はよく「このおばかっちょ!」って叱られました。そして『富士ばやし』の歌詞にも「見てちょう聞いてちょう踊ってちょう〜」ってありますよね。
21.「わりゃあ、まみやが太いなあ」
まみや=まゆげ 「あなたは立派なまゆげですね」
22.「わりゃあ、みりぃーなあ。おい」
みりい=みるい=若い 「あなたは若いからまだ考え方が未熟ですね」
23.「やくてぃやーもにゃーない」
やくたいもない=得にもならない「どうしようもないなあ」
「やくてぃやーもにゃー、ない」ってほぼ何言ってるのか分からない…という泉さんの素直な感想が面白かったです。ない、は同意を求めてる…と思われます。
以上、吉原弁講座でした〜
2012.2.6 on air 吉原の浮かぶ信号機編
2rdイスト小林です。さて今回はスパッといいますね『信号機のお話』です。道路の安全を見守って雨の日も風の日も寒い日も暑い日も外で頑張っている、信号機さんのお話です。
先ずは皆さんに質問〜!吉原の住所に信号機のある交差点が何ヶ所あるか知っますか?
突然聞かれても分からないですよね。ではヒント平家越え橋から吉原5丁目交差点まででの本町通りで「11カ所」の信号機のある交差点が有ります。
それ以外に信号機のある交差点を思い浮かべてください、では答え吉原の住所に16ヶ所の信号機のある交差点が有ったのです。(小林調べ)
ちなみに平家越え橋の交差点は橋を渡って東側ですが、あえて入れていますのでご理解を。
信号機の数の話じゃなくて、吉原に『おっ!!』と思う信号機が有ったので、それを紹介したくてネ。
普通にある信号機(イメージ)
信号機と言えばどんな物を想像します??電柱が有ってそこから伸びるアームについている信号機を想像しますよね。
でも、吉原のある場所にある信号機は!電線や太いワイヤーのような物に挟まれて、宙に浮いた様に見える信号機なのです!!
あれっ?奥の信号…宙に浮いてる?
電線とワイヤーに挟まれてます
その信号機のある場所は吉原の『中央駅』交差点の信号機で〜す!!
宙に浮いた様に見える信号機設置の謎を「静岡県富士警察署」交通課交通規制係の水野さんにお話を聞いてきました。
すると、この信号機『富士市内唯一』の信号機である事がわかりました!そうなると、富士市内に何ヶ所信号機があるか知りたくなりますよね。
富士市内の信号機設置個所は約500カ所〜!!今後も増減はあるでしょうけど、現時点でそれだけ有って、唯一富士市内に1カ所という事です。
この信号機の種類と言っていいと思いますが『懸垂式(けんすいしき)』という信号機の種類というそうです。信号機にも種類の名前が有るなんてビックリですよね。
電柱が立てられない場所等にある
懸垂式というタイプ
なんでこの「中央駅」交差点にこの信号機が有るかというと、中央駅を発着するバスの出入りを安全でスムーズに行う事や、信号機の見やすさからすると支柱が立てられない環境だった様子です。
更にスゴイ情報も用意していただいていたのです、それはなんとお話を伺った時点で『県内でも4か所』にしかない信号機だったのです。県内に4カ所しかない信号機、その1つが吉原にあるなんて、吉原がなにか持ってる感じがしませんか?
雨の日も寒い日も見守っています
水野さんから信号機の見落としによる事故や、右折・左折での車両と歩行者の事故、が多く発生しているそうです。交通安全には十分注意して事故のない様にして欲しいですねと言われていました。
という事で、富士・富士宮のfエリア内で1ヵ所。そして、県内に4カ所しかない信号機を見に吉原に遊びに来てみませんか?
 
2012.1.30 on air 吉原線引きプロジェクト
3rd吉原イストの菅原祐弥さんが手がける、吉原を盛り上げるプロジェクトが、新しい観点をふんだんに盛り込んだ新シリーズとなり、スタートしました。
今回のプロジェクト名は「吉原線引きプロジェクト〜どこまでが吉原?」で、菅原さんは、吉原の端から端まで知り尽くすという意気込みだということです。
「吉原線引きプロジェクト」とは、吉原はいったいどこまでなのかを、3rd吉原イスト菅原が、実際に歩いて、見て、境界線を引いてみるというプロジェクトです。
ここ吉原では大きなお祭り(祇園祭)があるのでそれなりの数はあるとは思っていたんですが,いくつあるのかなんて、ちゃんと調べた事は無かったんですね。
吉原は、1丁目から5丁目まであるんですが、まずは一番東側の吉原1丁目から線を引いていきます。
吉原本町通りを東に突き当たった場所「新橋町の交差点」が吉原の東の境界線をひくにあたり、キースポットになりそうです。車から降りて調べてみました。
新橋町の交差点の手前には30mほどの車も通れる橋が架かっています。こちらが「平家越え橋」です。なにやらこの橋がキーポイントになりそうであやしい・・・
ちなみにこの平家越え橋は、平安末期の富士川の合戦で、平清盛が敗走したのがここ富士市の新橋町あたりだったとされていて、ここにはりっぱな「平家越」という碑も立っているんですね。
ここで発見しました!
平家越え橋を吉原側から東に向かって行くときに見えた橋の名前の書いた看板に「吉原一丁目」と書いてあります。ということは、橋を渡った向こう側にある看板にはもしや…
やっぱり!橋を渡って東側にあった看板がコチラ!住所は依田橋町になっているではないか。
ということはこの橋でちょうど吉原の東の先だということがわかりました。
さて、この「平家越え橋」がかかる川「和田川」は吉原商店街の裏を流れる川ですよね。
この川がここから南の海に向かって大きく曲がります。この川が境界線になっているのであれば、今後の吉原の境界線を探すのに重要な目印になるかもしれませんね。
取材した日はとても富士山がキレイでした。今後も吉原の境界線を求めて3rd吉原イストは走り続けます。
 
2012.1.23 on air 神萌え!ワクワク吉原神社巡り(笑)
吉原イズム萌え担当・4th吉原イストのイナバです。
さて皆さん、初詣は行かれましたか?私イナバは大晦日に友人達と家飲みし、日付が1/1となった後、初参りに出かけました。
ウチから歩いて行ける距離で3つの神社を回りましたが、僕の出身地(鷹岡)ではそんなに密集してなかったような…。
ここ吉原では大きなお祭り(祇園祭)があるのでそれなりの数はあるとは思っていたんですが,いくつあるのかなんて、ちゃんと調べた事は無かったんですね。
んじゃ、吉原地区(和田川以南)には一体いくつ神社があるんだろう?という訳で、今回はスマホの地図アプリを使い、ウチの長女と一緒に自転車でポタリングしながら吉原周辺の神社を巡ってみました。
さて、まずは旧吉原宿(中吉原)の左富士神社からスタートします。
元の名称は悪王子神社といったそうで、昔はここに大きな『悪王子の森』があったそうです。
延宝の高潮(津波)の際、天狗が出ると言われたこの森で津波から助かった方が大勢いたそうです。明治41年に左富士神社に改称されました。
左富士神社の裏、悪王寺の森の跡。今は木が数本残っているのみ。
左富士を経由して旧東海道を吉原宿方面に向かいます。
この日は冬晴れ!左富士が奇麗でした。その途中、東木戸跡付近の路地を入ったところにあるのが八坂神社。
御祭神は須佐之男命(スサノオノミコト)
そこから今度は岳鉄の吉原本町駅方面に向かいます。
身代わり地蔵さんを経由し、昭和の香りが色濃く残る路地を抜け、踏切を越えるとあるのが八幡神社。
御祭神は武神と崇められる第15代天皇・応神天皇。初参りの時は毎年そばを無料で振舞ってくれます。
仲間内ではここで毎年そばを食う事が恒例となっております。寒い中焚き火に当たりながら外で食べるそばはサイコー!です。
で、この八坂神社の東町(現在の東本通1・2丁目)と八幡神社の東横町(東本通3丁目)、元は同じ左富士神社の氏子だったそうなんですが…
東町と東横町(現在の東本通1・2丁目と東本通3丁目)で神輿の順番を巡っての諍いが江戸時代にあったそうで、結果的に双方それぞれの神様を勧進して現在に至るそうです。
さて次は中央駅を越えて芦川病院の近く、木之元神社。御祭神は井戸や水の女神様・泣澤女命。
ここも由緒ある神社で大元は鈴川(元吉原)の木之元神社の分祀で、中吉原へ。その後津波や幾多の変遷があって現在の場所に遷座されました。境内にはお稲荷さんもあります。
その後津波や幾多の変遷があって現在の場所に遷座されました。境内にはお稲荷さんもあります。
そこから小さな山神社等を経由して本町通りを戻りますと、ご存知、吉原の鬼門を守る天神社です。
「天満宮」とありますが正式名称は「天神社」だそうです。
この辺りではもっとも古い神社で、源頼朝公が富士の巻き狩りの際に、また豊臣秀吉も小田原の北条征伐の際に参拝したそうです。
ここはなんと天孫瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)、その妻で浅間神社の御祭神でもある木花之開耶姫(コノハナノサクヤヒメ)そして学問の神様・菅原道真と、3柱もの神様が祀られています。(神様の数え方は1柱・2柱)
お正月の初参りでは甘酒を振舞っていました。
どちらも学問の神様,道真公。
さて、駆け足で吉原の神社を巡ってみた訳ですが、各神社それぞれ謂れも何もばらばらなんだろうなー、と思ったらさにあらず。左富士神社→八幡神社・八坂神社のように元吉原の時代から辿っていくと、各神社がそれぞれ繋がりがあったりするんですよね。
結果的に吉原宿の歴史を辿るという事にも繋がってきて、非常に興味深かったです。
また、これらの神社に於ける共通キーワードは「津波」。大きな災害なんです。昨年は大きな災害が相次ぎましたが、今年はそう言った事の無い穏やかな一年になる事を神社巡りをしながら願いました。
今回もっとも残念だった事。
イナバ的萌えキャラ「巫女さん」はどこの神社にもおりませんでした。
ちっ。(←舌打ち)
 
2012.1.16 on air あなたも一緒に吉原弁講座その2
1st吉原イスト遠藤です。
方言。それはその地方の個性。ここ吉原にも存在します。
吉原イストたるもの、リアルな吉原弁(吉原ことば)に精通していたい…。
そんなわけで吉原ことば講座第2弾です。
>>前回はこちら
今回も、出典は東海道表富士さんで販売中(現在は品切れ)の『吉原ことば手ぬぐい』(制作/雪月花さん)、使用例は吉原で仕事して50数年!!の私の父です。
ラジオの前の皆さんもリピートアフターミー!!
※ちなみに今回泉さんは風邪引いてて声出すのがキツそうでした
8.「じぶら、何してるら」
じぶら=自分たち(相手をさす) 訳:あんたたち、何してんの!!
9.「せんころ、こんなことあっただら」
訳:ちょっと前にこんなことがあったでしょう。/せんころ=先頃
10.「ちょうずいてるらあ」
訳:調子づいてるなあ
11.「ちょれえなあ」
訳:トロイなあ〜/これは吉原では現在でも子供から大人まで幅広く使用されているポピュラーな言葉かと…
12.「とびっくら」
訳:徒競走/ちなみに静岡県では『飛ぶ』=走る→例:「子供が飛んでったわ」(子供が走って行ったわ)
13.「髪の毛がとかじっちゃうよう」
訳:髪の毛が絡まっちゃったよ/とかじる=からまる
14.「あいつはなきんずらだなぁ」
訳:あの人は泣き虫ですね/なきんずら=なきむし
15.「のつのつして入らにゃあ」
訳:お腹がいっぱいでもう食べられないよ/のつのつ=のどに入っていかない
16.「子供がひなってる」
訳:子供が泣き叫んでます/ひなる=泣き叫ぶ
ここで時間切れ…!!
この続きは2月へ!(まだあるのか…!!)
2012.1.9 onair 「宿場町だから?多いぞ靴屋さん」編
吉原を歩き回ってネタ探し、2nd吉原イストの小林です。さて、今回は吉原の街をウロウロとしていたら『あれ〜?このお店、意外と多いんじゃない!?』って思ったジャンルのお店やさんが有りまして。
そのお店ですが、ファッションに関係のある店で、おしゃれに気を使う人は、このお店のアイテムを気にする人が多い物なんです。
よく言われる「おしゃれは○○○○から」なんて言われている物なんですけど、わかりますか〜?まあ、ここまで言えばわかりますよね、そうです『靴屋さん』で〜す♪という事で、歩いて感じた『意外と多いんじゃない!?』が正しいかを調べてみました。
今回は靴屋さんのお話です
その為に用意した物は『パソコン』で〜す。『吉原を歩き回ってネタ探し』と言いながら(笑)お店の件数を『電話帳検索サイト』を駆使して調査しました!!
電話帳検索サイトの業種ジャンルに『靴店』という項目が有ったので、富士市の登録件数を確認すると〜!ジャン!富士市で「24件」の登録が有って、そのうち『9件』が吉原の住所で登録されていて、富士市内の『37.5%』が吉原にある事がわかりました。
でもね、富士市にある靴店のうち、3分の1以上のお店が吉原にあるって事は何か理由が有るのかも??と思い、イスト小林流の考えをまとめてみました。
あくまでも個人的見解ですが、「吉原が宿場町」って事だからじゃないかな?って思ったのです。
宿場町だから靴屋さんが多い?
江戸時代から続く「吉原宿」、江戸時代当時の交通手段は「基本は歩く事」ですよね。
そうなると必要な物は『履物』じゃないですか。歩いてきて宿場で一休み、その時ふと足元を見ると履物がヨレヨレ、だからここで買っちゃおうかな〜?なんて人も多かったので、履物屋さんが多くあったんじゃないかな?なんてね。
江戸時代は歩きで移動でしょ?
さらに、宿場町だから靴屋さんが多いって思える「数字」を発見しちゃったのです。それは靴屋さんがある『住所』。
ご存じのように吉原は1丁目から5丁目までありますよね、でも、靴屋さんの登録が『5丁目には無い』のです。
それがどうして理由になるの?」と思うでしょうが、吉原宿を通っていた東海道、今の道でいうと吉原本町通りの途中で曲がって、5丁目まで東海道が行っていなかったのです。
でも5丁目に靴屋さん登録無し
その曲がり角は、吉原が生んだ「B級グルメ・つけナポリタン発祥の店」がある交差点で、ラジオエフ方面から西に向かって行くと左折して南に向かっていたんです。
今の5丁目に靴屋さんの登録が無いのも何となく分かる気がしませんか?まあ、あくまでもイスト小林の個人的考えなんですけどネ。
そんな事で吉原に靴屋さんの件数が多いのも吉原が「宿場町」だったからなんじゃないのかな〜?なんて事にイズムを感じたので、今回紹介してみました。
もし、吉原に靴屋さんが多いと思われる情報をお持ちの方は、是非とも吉原イズムのツイッターまで情報提供してくださいね。私、小林が調査しちゃいますよ。
その理由?ここで東海道は南に
 
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2011年7月〜9月
2011年4月〜6月
提供:富士市
富士市吉原の魅力や吉原らしさとは何かを追求する「吉原イズム」。
このコーナーでは、吉原の魅力を追求する『吉原イスト』たちが、生レポートやトーク、インタビューetcを通じて『吉原イズム』をお伝えしていきます!
吉原イズムでは皆様からの「吉原イズムメッセージ」を募集します。
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